代表的な乳腺疾患

乳腺線維腺腫

  • 概念
    若年の女性に最も多い乳腺の良性腫瘤です。思春期以降に発症することが多いので、卵巣ホルモンが何らかの発症原因になっていると考えられてます。
    乳腺の分泌腺が増殖するタイプ(管内型)と乳腺周囲の間質が増殖するタイプ(管周囲型)、あるいは両者が混在しているものとがあります。近年の研究で、腫瘍ではなく炎症に近い「過形成(かけいせい)」といわれる範疇(はんちゅう)の疾患であることが証明されました。
  • 症状
    痛みを伴わない乳房腫瘤として発症します。片側に多発することも、両側に発症することもあります。
    乳癌と比べれば軟らかく、弾力性に富むことが多いですが、厳密には触診だけで区別することは困難です。
    線維腺腫は次第に増大して、20歳前後にはっきりと触れる腫瘤として自覚されることが多いようです。しかし、発育速度には個人差が大きいため、症状を自覚する年齢も10代後半~40歳前後までと幅広くなっています。
  • 診断・治療
    確定診断には針生検もしくは切除生検が必要となりますが、一般的には超音波検査で特徴的な像を呈し、生検まで必要としないことが多いです。
    線維腺腫は癌化することはないので、基本的には経過観察のみで構いません。
    切除の対象になるのは、明らかに美容上の問題となるほど大きくなったものや、発育が比較的早い巨大線維腺腫と呼ばれるもので、頻度は高くありません。

乳腺症

  • 概念
    明らかな原因は不明ですが、乳腺が長年に渡って卵巣ホルモンの影響下に増殖と萎縮(いしゅく)を繰り返している間に、乳腺内に増殖をしている部分と萎縮、線維化している部分が混在するようになり、大小さまざまの硬結を触れるようになったものです。その結果、乳管内乳頭腫症(にゅうとうしゅしょう)や嚢胞(のうほう)などが認められることがあります。生理的変化の一環とみなすことができ、本来は病気としては扱われません。
  • 症状
    30代後半から閉経期にかけて、乳腺の疼痛や腫瘤の触知、乳頭分泌など多様な症状を示します。乳腺症の症状が最も著しいのは月経直前です。
  • 診断・治療
    乳腺症は、治療の対象にはなりません。しかし、乳腺症の著しい乳房は触診しても大小さまざまな腫瘤を触れるために、乳癌が発生した場合に早期発見の妨げになります。定期的な画像検診が重要になります。
    月経前に増悪(ぞうあく)し、月経開始後に改善する乳房痛は乳腺症によるものが多く、経過観察で構いません。
    しかし、乳腺症自体の診断は難しく、経過を慎重に観察しなければなりません。

乳腺葉状腫瘍

  • 概念
    乳癌は乳腺の腺管上皮から発生しますが、葉状腫瘍は腺組織を囲む間質(かんしつ)細胞が腫瘍化したものであり、急速に増大することが特徴の乳腺腫瘍です。発症年齢は30代~50代にかけて多いといわれています。わずか数カ月で10cm以上になることも珍しくありません。
  • 症状
    急速に増大することが多いのが特徴ですが、線維腺腫や発育速度の速い乳癌との区別は臨床的には困難です。
    超音波などでは、円形ではなく分葉状に見えることが多く、触診でも分葉状に触れることがあります。
  • 診断・治療
    乳がんと区別するために乳房X線撮影、超音波検査、MRI検査、針生検検査を行います。
    葉状腫瘍は病理学的には良性、中間型、悪性と分類されており、悪性のものは他臓器に転移することもあります。
    葉状腫瘍では切除が原則です。腫瘤切除が基本であり、乳房切除を必要とする症例は多くありません。再発しやすい腫瘍なので取り残しがないように切除します。
    良性、悪性いずれと診断された場合でも、経過観察を行います。葉状腫瘍に明らかに有効とされる薬は、現在ありません。

乳腺炎

  • 概念
    乳腺炎は、急性うっ滞性乳腺炎と急性化膿性乳腺炎に区別されます。
    授乳期に乳腺内に乳汁がたまって腫脹した状態をうっ滞性乳腺炎といい、これは乳汁分泌量が乳児の吸飲量より多いことが原因になります。
    化膿性乳腺炎は、生後1カ月以降の乳児に授乳中の母親に発症することが多く、乳児に乳歯が生え始めることにより母親の乳首に細かな傷が生じ、そこから乳児の口腔内の細菌が感染することが原因とされています。稀に、授乳期でなくても化膿性乳腺炎を起こすことがあります。
  • 症状
    急性うっ滞性乳腺炎では、乳房が腫大し乳房皮膚の静脈の拡張などが認められ、乳房の緊満感(きんまんかん)や疼痛を感じます。発熱などの全身症状は軽度です。
    急性化膿性乳腺炎では、乳腺は発赤、腫脹(しゅちょう)、激しい疼痛と局所の熱感を訴えます。明らかな腫瘤を形成することはありません。感染が進行すると乳腺内に膿瘍(のうよう)を形成し、38℃以上の高熱を発します。腋の下のリンパ節が痛みを伴って腫大することがあります。
  • 診断・治療
    うっ滞性乳腺炎では、搾乳することにより症状は改善します。疼痛の強い場合には、冷罨法も有効です。
    化膿性乳腺炎では、血液検査で炎症所見を認めたり、超音波検査で乳房内に膿瘍を形成していることで診断されます。治療としては、授乳を中止し抗菌剤の全身投与が必須です。抗菌剤にて反応が悪い場合には、外科的に切開・排膿する必要があります。抗菌剤に抵抗性で、難治性であることもしばしばあり、入院が必要になることもあります。症状が遷延したものを、慢性乳腺炎といいます。

乳汁漏 (乳頭異常分泌症)

  • 概念
    産褥期(さんじょくき)以外に起こる乳汁の分泌を指します。
    乳汁を産生するプロラクチンというホルモンの過剰分泌が原因として最も考えられます。脳下垂体(のうかすいたい)のプロラクチン産生腫瘍、プロラクチン分泌を刺激する薬物の服用(主に向精神薬、抗うつ薬)などがその原因としてあげられますが、原因が不明のプロラクチン分泌過剰もあります。
    初期の乳癌において、乳頭異常分泌を来すことがあります。その場合は、片側だけであったり血性のことが多いです。
  • 症状
    乳汁以外にも血液や膿汁(のうじゅう)が分泌されることもあり、何もしなくても気づくほどの乳汁漏と、軽くまたは強く乳頭を圧迫しないと分泌がみられないものもあります。通常両側性が多いのですが、時に片側だけにみられることもあります。
  • 診断・治療
    プロラクチンの分泌異常は、血液中のプロラクチン濃度を測定して診断します。プロラクチン値が標準値を超えているものを高プロラクチン血症といい、通常乳汁漏や無月経などの卵巣機能障害を伴っていることが多い傾向にあります。検査の結果、血中プロラクチン値が正常範囲にあれば、MRI検査により乳腺局所の病変はないか、もしくは頭部CT検査により脳下垂体に病変はないかどうかをよく調べます。
    高プロラクチン血症ならば、月経が正常で本人が耐え得る程度なら経過をみますが、不快ならばドーパミン作動薬によりプロラクチン分泌を抑えると症状は消えます。 乳腺症などの基礎疾患による場合も、基本的には経過観察とします。
    乳癌を疑う場合には、分泌している乳頭から造影剤を流し込む乳管造影という検査を行います。そして、診断と治療を兼ねて乳管腺様区域切除術という手術を行うこともあります。その場合、術後の治療は通常の乳癌と同じです。

男性乳癌、女性化乳房

  • 概念
    比較的高齢(60歳以上)の男性が乳癌にかかることがあり、乳癌全症例の約1%を占めます。症状、経過などは閉経後の女性の乳癌と同様です。
    多くの男性乳癌は、女性化乳房を背景として発症するといわれています。女性化乳房は何らかの内分泌的異常が関係していると考えられますので、これが発症の原因になっている可能性があります。
  • 症状
    乳輪下の固い腫瘤で発症します。時に腋(わき)の下のリンパ節に転移したのを触れることがあります。
  • 診断・治療
    通常の乳癌と同様です。
  • 治療
    通常の乳癌と同様に手術します。男性乳癌は腫瘤の部位が乳輪下であるので、多くの場合、乳房全摘手術が必要になります。エストロゲンにより増殖が促進される性質をもつホルモン受容体陽性例が多いので、ホルモン薬による内分泌治療が行われます。

乳癌

  • 概念
    乳汁を分泌する乳腺小葉上皮(しょうようじょうひ)、あるいは乳汁の通り道である乳管の上皮が悪性化したものであり、近年の日本人女性の悪性腫瘍のなかでは最も頻度の高いものとなっています。
    小葉由来の小葉癌と乳管由来の乳管癌とに大別されます。乳管内、あるいは小葉内にとどまっていて血管やリンパ管に浸潤していないものを非浸潤癌といいます。
    逆に、血管やリンパ管に浸潤しているものを浸潤癌といい、血管やリンパ管から全身への血流にのり、リンパ節、骨、肺、肝臓、脳などに転移することがあります。
    特殊な乳癌として乳頭や乳輪の湿疹状のただれを症状とするパジェット病がありますが、予後は非浸潤癌と同様に良好です。また乳房全体が炎症状に腫脹し、早期に全身への転移を起こす炎症性乳癌という極めて予後不良のタイプもあります。
  • 症状
    乳癌の症状は、90%以上は痛みを伴わない触知可能な硬い乳房腫瘤です。一部は腫瘤を形成せず、乳頭からの分泌物を症状とすることがあります。乳癌による乳頭分泌物は血液が混じったものが多い傾向にあります。その他、乳頭や乳輪の湿疹様のただれを症状とするものや、炎症を主体とするものもあります。
  • 診断・治療
    乳癌の診断は視触診が基本です。しかし、腫瘤を形成しないタイプもあるので、定期的な画像検査が必要です。
    画像検査は乳房X線撮影(マンモグラフィ)が一般的ですが、さらに精密検査として超音波検査やMRI検査などがあります。年齢や乳腺の量により、それぞれの検査には向き不向きがあるので、専門医の指示に従ってください。
    視触診および画像検査にて乳癌の疑いが濃厚であれば、針生検による病理組織診断を行います。これにより、ほぼ確定診断を得ることができます。
    乳癌がリンパ節、肺、肝臓などへの転移があるかどうかを調べるには、胸腹部CT検査や骨シンチグラム検査が用いられています。
    以上の検査により乳癌の臨床病期(ステージ)が決まります。ステージにより、治療方針や予後が異なります。
  • 治療
    乳癌の治療は、手術・薬物治療(抗癌剤、ホルモン剤)・放射線照射を組み合わせた集学的治療を行います。
    全身に転移がなければ、基本的に手術を行います。手術には温存手術と全摘術がありますが、腫瘍と乳頭の位置関係により、温存手術の可否が決まります。腋の下(腋窩)のリンパ節を摘出するかどうかは、術前の画像評価およびセンチネルリンパ節生検を行い判断します。また、温存手術の場合は術後に放射線照射を行います。
    乳癌組織のホルモン受容体が陽性なら、内分泌療法をメインにします。ホルモン受容体が陰性の場合やリンパ節転移がある場合、腫瘍の組織学的悪性度(グレード)が高い場合は、抗癌剤治療を考慮します。
    最近では、術前に薬物治療を行い腫瘍を縮小してから手術をすることも増えてきています(術前薬物療法)。
    乳癌は術後5年以上経過してからの再発も珍しくないので、術後の外来通院は10年間行っていただきます。